1年以上 引きこもっていた舞台演出家:宮本亜門

1958年、東京の銀座に生まれた

実家は新橋演舞場の真ん前にある喫茶店

慶應大学卒業でのエリートの父と元松竹歌劇団の母の間で育った

思い切りが激しく一度思いたったら即行動に移さないと気が済まない性格

5歳の時、芝居好きの母の影響で舞台に興味を持つと

「僕も踊りたい」と日本舞踊を習い始める

一緒に稽古していた子供の中には十八代目 中村勘三郎の姿もあった

さらに和物を究めようと茶道、能まで習うように

中学生の時には、仏像の魅力にハマった

学校が休みになるとひとり夜行列車に揺られ、京都や奈良の寺巡り

 

●心中

15歳で初恋を経験

この先 彼女以上に好きな人は現れない…と思いこみ取った行動が、心中

同じ日 同じ時間に睡眠薬を飲もうと彼女と約束

そして当日 薬を一気に飲み込んだ…

しかし睡眠薬と思って買った薬はビタミン剤だった

 

●人間不信

ある日、近所の知り合いに微笑みかけた時、

たまたま無視された事がキッカケで、僕は嫌われている…

極度の人間不信に陥った亜門は、学校でも孤立、引きこもりに

そんな生活が1年近くたったある日、

いつも以上に酒に酔った父が、亜門に腹をたて

宮本家の家宝の日本刀で亜門を追いかけ回した

ますます人への恐怖心を強くする亜門

その姿を見た母は、

「もう学校も行かなくていいから、最後のお願いとして病院に行ってちょうだい」

亜門は病院でカウンセリングを受け始める

その甲斐もあり人間への不信感が取り除かれ、人生を変える作品と出合う

 

●舞台

それがミュージカル映画「ゴッドスペル」

1970年代のニューヨークを舞台にキリストの生涯をコミカルに描いた作品

亜門はパワフルな歌と踊りに衝撃を受ける

僕がやりたいのはこれだ、そう思った亜門は演劇部の門をたたく

そして17歳の時、自ら主演、演出を務め高校の学園祭で亜門版「ゴッドスペル」を上演

人生初の演出作品は学園内だけでなく

有名雑誌でも紹介されるなど高い評価を得る

 

そして亜門は舞台演出家の道を志す事を決意

普通なら有名演出家へ弟子入りを考えるところだが、

まずは出演者の心を知るべきだとダンサーの道を究めることに

そして弟子入りした先は、元踊り子の母

朝から晩までみっちり、畳が擦り切れるほどの猛特訓

より美しい動きを見せるため、時には裸で踊らせて

体のラインをチェックするなど熱心に教え込まれた

 

そんな親子二人三脚の努力が実の結び、20歳の時にプロのダンサーに合格

そして1980年、ミュージカル「ヘアー」に出演決定

ところが初演の前夜、亜門が家に帰ると…

息子をずっと励まし、支え続けてきた母が突然の脳溢血で他界

翌日、母が座るはずだった席にはバラの花束を置き、

その悲しみをこらえながら舞台に立った

そして亜門は本格的に演出の道へ進み始める

 

22歳の時にミュージカルの本場、ニューヨークへ単身留学

29歳の時、自ら手掛けたミュージカルを日本で初上演

それがミュージカル「I GOT MERMAN」

企画、製作、演出、振り付けと4役をこなし、

出演者3人、ピアノ2台の斬新なスタイルで評判を呼び、

異例のロングランを記録

文化庁芸術賞を受賞するなど数々の賞を受賞

「I GOT MERMAN」で成功をおさめた亜門の下には演出の依頼が殺到

年間10本以上手がけ、さらにその全てがヒットする超売れっ子に

2004年、「太平洋序曲」ブロードウェーで東洋人初の演出

演劇界のアカデミー賞 トニー賞4部門にノミネート (452)

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