魚に人生を捧げた さかなクンの成功

1975年、東京都で生まれ

幼いころは、無口でおとなしい性格だった

生まれて初めて手にしたのは鉛筆と言うほど絵を描くのが大好きだった

興味を持ったモノにはどっぷりとハマってしまう性格で

 

最初に興味を持ったのが、トラック

トラックのライトが目のように見え、

その表情が好きでよくトラックの絵を描いていた

 

次に興味を持ったのが、妖怪

海ぼうずのギョロッとした目に一目惚れ

ちなみにさかなクンが驚くときに「ギョギョ!」と叫ぶのは、

水木しげるの妖怪のセリフからきているという

 

小学2年生の時、さかなクンのノートに友達がタコを落書きした

海ぼうずに似たタコの可愛さに衝撃を受けた

以来、休み時間は図書室でタコの図鑑を読み漁り、

放課後は鮮魚店で茹でダコを眺める日々

そして生きたタコが観たいと水族館へ

水槽を自由に泳ぐ魚に魅了

それ以来、寝ても覚めても魚…魚…魚…

あまりにも魚に夢中になり過ぎたさかなクンは、学校の成績が大幅に低下

見かねた先生が家庭訪問で「魚も大事ですけどもう少し勉強した方が…」と苦言

すると母は「うちの子は絵が好きでお魚が好きなんだから それでいいんです」

息子の好きなことを伸ばしてあげたいと母は、週2回 息子を連れていき鮮魚店へ

魚を描くならと切り身ではなく魚を丸ごと買ってくれた

小学校卒業文集に書いた将来の夢は、

“東京水産大学(現 東京海洋大学)の先生になること、そして研究したことをいろいろみんなに伝えてあげたい”

 

中学生になると魚を育てる水槽学部と勘違いしてしまい吹奏楽部に入部

しかし入部するとサックスの腕前も上達

 

中学3年生のとき、新聞に取り上げられる偉業を成し遂げる

後輩の親戚の漁師から学校にカブトガニが寄贈された

それを生態に詳しいさかなクンを中心に教室で飼育、

するとカブトガニの産卵に成功

さらにその卵を自宅に持ち帰ったさかなクンは、毎日 丹念に観察

29日目、当時 専門家でも困難とされたカブトガニの人工ふ化に成功

この奇跡は新聞にも取り上げられた

 

ちなみに中学から高校までドランクドラゴン鈴木と同じ学校だった

高校3年生の時はクラスメイトで2人は前後の席だった

 

高校を卒業したさかなクンは、水族館演習ができる専門学校へ進学

アルバイトでも、熱帯魚店、スーパーの鮮魚売り場、寿司屋と魚一色の生活

さかなクンが描く魚の絵は、バイト先でも評判

ある日 寿司屋:すし川澄の大将が

「さかなクンの描く魚の絵は表情があって面白い。店の壁に絵を描いてくれないか?」

その絵が評判となり他の店からも依頼が殺到

この事が話題となりドキュメンタリー番組から取材を受ける

その番組を見た現在の所属事務所:アナンの当時の会長の目に留まり、

「一緒に何かやりませんか」とスカウトされる

押さな頃から人前で話すのが苦手なさかなクンは悩んだ

一生懸命に泳ぐハコフグの姿に「ハコフグちゃんが一緒だったらいつでも元気に頑張れる」

と2000年にハコフグを被ったさかなクンがメディアに登場

 

2006年、東京海洋大学(元 東京水産大学)の客員準教授に就任

 

2010年、70年前に絶滅したとされる「クニマス」を偶然発見

京都大学に持ち込み、検証した結果、「クニマス」であることが証明された

環境省が絶滅と認定した魚が再び発見されたのは史上初めての快挙だった

このことに対して天皇から感謝のお言葉を頂き、内閣総理大臣賞を受賞した

 

2015年3月、東京海洋大学 名誉博士号が授与された

 

●さかなクンの謎の生態

・チョコレートが大好き

・自宅のフィッシュハウスでは80種類150匹の魚を育てている

食用や観賞用にならない網にかかった魚を漁師から譲り受け育てている

・お魚は家族

・シェイクはバニラ味

・検索やFacebookの更新のためにタブレットを持ち歩く

・魚が切れてしまうと弱ってしまうため、かつお節を持ち歩く

・時々足をくじく

・どんな時も笑顔で応える

・マネージャーの分もさかなクンが奢るほど太っ腹

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