眉毛がつながる大橋未歩アナのあだ名は、両津勘吉

2017年、15年勤めたテレビ東京を退社し、フリーアナに

 

1978年、兵庫県神戸市須磨区に生まれる

父も母も東京生まれなので関西弁が苦手

父は婦人靴メーカーの社長

 

●教育に厳しい父のスパルタ教育

溺れた時の感覚を味わえとプールに投げ落とされる

箸の持ち方がおかしいと食事中でも箸で頭を叩かれた

鼻をすするだけで怒られる

「サッカーボールを蹴るから体のどこでもいいから止めろ」と

弟と一緒に家の前に立たされ、父が蹴るボールを止める訓練を受けていた

高校の時には、ポケベルを割られた

弟は強制的にアメフトを始めさせられ、結果 大学でアメフト日本一に

 

●幼少期は、野生児

山を「別世界」と名付けていた

山で土を掘り階段を作り、竹を組み合わせて家を作って遊んでいた

 

●小学校時代のあだ名は、「両津勘吉」

眉毛がびっちり繋がっていたため、こち亀の両津勘吉と呼ばれるように

しかし眉間にパワーが宿っていると思っていた大橋は、頑なに剃らなかった

他にも「かもめ」とも呼ばれていた

ランドセルの色が紺だったために「男女」とも

 

負けん気が強くよく男の子と喧嘩をしていた

1991年、女医を目指し、毎日8時間の猛勉強

関西でも指折りの進学校 神戸女学院に合格

入学後すぐ勉強についていけず、ディズニーのキャストになる夢に変更

 

●中学3年生で初めて交際

灘校の男子と文化祭で出会い、告白されて交際

お互いに単語テストをFAXでやり合ったり

イノシシが出る公園でデートをしていた

 

●アナウンサーになりたくて一浪の末、上智大学法学部に進学

アナウンサーになるために自らミスコンに応募

 

●2001年テレビ東京のアナウンサー試験に合格

面接で「皆が12に合わせてくれます 笑」と言った

 

●2015年、37歳の時、10歳年下のADのテレビ東京社員と結婚

ロケの荷物持ちだったAD

そのロケをきっかけに仲良くなり、

母性をこじらせ、母性の持って行き場を探していた大橋は、

母親のように面倒を見ていた (18)

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