別居、離婚、略奪婚、父娘の確執を経た女子アナ:寺田理恵子の人生

「オレたちひょうきん族」でブレイクした女子アナ:寺田理恵子

夫の4年間の別居生活の末離婚

娘を連れ、再婚するも、

相手は妻子ある男性、略奪婚と叩かれた結果、家庭崩壊

2012年、夫が突然死、残された娘を養うためパート生活

 

1961年、東京で生まれた

父は鋼材会社社長、母は専業主婦

3人兄妹の末っ子として育った

中学高校は、都内でも有数のお嬢様学校:東京女学館に通う

大学は聖心女子大学と筋金入りのお嬢様

 

大学卒業後、1984年にフジテレビに入社

1989年、テレビ番組のディレクターと結婚し、寿退社

翌年、長女:由里絵を出産

出産後、フリーのアナウンサーとして仕事復帰した寺田は、

朝の帯番組の司会など超売れっ子に、

夫婦生活は完全なすれ違い

わずか5年で別居生活

1998年、7歳の長女を連れ、離婚

 

その後は、娘を両親に預け、仕事に没頭

そんな中、職場で大手広告代理店勤務の男性と知り合う

男性は出会った日から毎日のように猛アプローチ

最初は仕事上だけの付き合いだけだったが、2人で食事をする仲に

「確認なんだけど彼女はいないよね?」寺田が聞くと

「彼女はいないよ。ずいぶん心配性なんだね」

彼の言葉を信じて交際スタート

いつも娘のことを気にかけてくれる彼に寺田は惹かれていった

そして自信と娘の幸せを求めて婚約

婚約から3か月後、仕事から帰宅すると突然記者が現れた

「○○さんに妻子がいるのをご存知ですか?」

彼には彼女はいなかったが、妻と子供がいる既婚者だった

この事実にマスコミは大騒ぎ、略奪婚など容赦なく叩かれた

彼を見限り、婚約を破棄しようとした寺田だったが、

「今 離婚調停中であと少しで離婚が成立するんだ、全て解決したら伝えるつもりでいたんだ」

必死で頭を下げ続ける姿に、寺田は彼の言うことを信じることにした

そして彼の離婚成立後に2人は結婚

寺田は娘との時間を増やすため、専業主婦になった

 

しかし結婚から半年後、夫が会社の経費を

水増し請求し懲戒解雇された

略奪婚末のスキャンダルとあって

毎日のようにマスコミに追い回され続けた

夫は再び、必死に頭を下げて来た

普通なら見限るところだが、寺田は「これが本当に最後だからね」

もう一度夫を許した

かつての離婚で娘から父親を奪っていた寺田

自分の都合で再び父親を失わせたくない、全ては娘のためだった

その後、夫は別会社に再就職

 

その1年後、2001年に次女が誕生すると寺田は再び裏切られる

11歳の長女が1歳の次女に触れようとした瞬間、

「触るんじゃねぇよ!」と長女に暴言を吐いた

さらに長女が大事にしていた人形や可愛がっていた猫を捨てた

実は夫は極度の潔癖症

赤ちゃんを清潔に保つ行動とはいえ限度を超えていた

夫は自分の子供が生まれたことで

寺田の連れ子の長女に対し、嫌悪感をむき出しにしてきた

以来、長女は夫に栗を開くことはなくなり、完全に心を閉ざしてしまう

すると夫の行動はさらにエスカレート

「こんどさ3人でここに行こうよ」「3人?由里絵は?」

長女をのけ者にして3人で家族旅行に行こうと言う始末

長女のために離婚を考えたものの、

今度は次女の父親を奪ってしまう

夫は長女のこと以外は問題なく

寺田の親の介護も率先して手伝うなど優しい

そんなとき、長女が激しい腹痛を訴え、緊急入院

原因はストレス性の胃腸炎

長女の心は限界だった

 

寺田は、たとえ相手に響かなくても、

長女のこと父のことの良い面を2人に伝え続けた

8年後「今度、みんなで旅行でも行かないか?家族4人で」

初めて夫が家族4人の旅行を提案した

2012年11月3日、家族4人の旅行が実現

 

そのわずか1か月後の2012年12月10日、

浴室で大動脈瘤が破裂し夫が死亡

実は浴室に行く5分前、キッチンにいた寺田に夫が言葉を残していた

「忘れていたことがある。今までごめん…君が頑張ってくれたから…本当にありがとう」

 

その後、寺田は事務員として時給1000円のパート生活

2014年、芸能界に復帰

娘の由里絵は、シンガーソングライターに (130)

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