映画「男はつらいよ」を誕生させた映画監督:山田洋次の言葉

●映画「男はつらいよ」を誕生させた映画監督:山田洋次の言葉

昭和43年、テレビドラマとして「男はつらいよ」は誕生した

その最終回、寅さんがハブに噛まれて死んでしまうという衝撃的な結末

すると「なぜ寅さん殺すんだ」と視聴者から抗議が殺到

 

この騒動がきっかけで「男はつらいよ」映画化の話が持ち上がることに

ところが「変な男が失恋するだけの話じゃないか!」

松竹の一部役員は物語が単純すぎると大反対

 

ドラマの原案、脚本を手がけていた松竹の社員:山田洋次、当時まだ30代

山田は映画化すれば必ずヒットすると確信していた

 

山田は当時の社長や役員たちに直談判

「何度も言うように物語が単純すぎる。ヒットする根拠はどこにあるんだね?」

山田は立ち上がった

「反対する方だ楽なんだ。潰しちゃえば何も結果が出ない。僕はやると言った以上、失敗したら責任を取るつもりでいる。反対する人はクビを賭けて反対しているのか?」

山田の熱意に当時の社長:城戸四郎も映画化を了承

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