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●フィリピンで生き別れた ざわちんの姉

 

1988年、母が18歳の時、現地の男性との間に子供を授かった

この時に生まれたのが、ざわちんの姉にあたるチャイさん

 

しかし若すぎる2人は、周囲から結婚を反対され、

母はシングルマザーに

生活費を稼ぐため学校を辞め、両親にチャイを預け、働きに出た

 

日本で働き始めた母は、がむしゃらに働き稼いだお金を母国に送る日々

そんな中、日本人男性と出会い結婚、ざわちんが生まれた

 

その後、結婚生活はうまくいかず、

ざわちんもフィリピンの両親に預け、日本で働くことに

それから3年間、祖父母に面倒を見てもらいフィリピンで姉と暮らした

 

1998年、ざわちんが6歳になった時、

母はざわちんだけを日本へ引き取った

姉は国籍が日本ではないため、

フィリピンに残し、姉妹は離れ離れに

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日本人の父とフィリピン人の母の下に生まれ、6歳までフィリピンで育った

●ざわちんの知られざる過去

1982年8月16日、群馬県太田市

日本人の父とフィリピン人の母の下に生まれた ざわちん こと 小澤かおり

日本で生まれた彼女だが、両親の仕事の都合で親戚に預けられ、

3歳から6歳までフィリピンで生活した

祖母が布のデザインの為に描いていた絵

それが後に ものまねメイクの原点となる絵との出会い

 

6歳になると両親と暮らすため再び日本へ

通い始めた小学校では、国籍や肌の色が違うだけでいじめの対象に

さらに日本語が上手く話せないのをいいことに、

罪をなすりつけられることが何度もあった

やがて いじめに耐えきれなくなり仮病を使って学校を休むように

いじめられる原因となった自分の顔や肌の色にコンプレックスを抱くように

 

次第に家に閉じこもるようになった

そのほとんどの時間をフィリピンで祖母に習った絵を描いて過ごしていた

そこにはモデルとなったキャラクター

セーラームーンとそっくりの絵が描かれていた

相手そっくりに真似る技術は、この時に生まれた

 

そんなある日、小学3年生のざわちんは、メイクする母親を目撃する

自分もメイクで変わりたい、そう思うようになっていた

そんな気持ちに気付いていた母は、ざわちんにメイクをし始めた

鏡に映ったのは日本人のように見える自分の姿

ざわちんにとってメイクは魔法のような存在に思えた

その日以来、月500円のお小遣いを全てメイク用品に費やした

母親に隠れてこっそりメイクをするように

 

いじめられっ子から人気者になるために憧れの子を徹底的に研究した

何でもコピーできたという ざわちん

頭の良い子のマネをして成績まで上がったという

 

そんな彼女でもどうしても真似だけでは解決できない事があった

大きな八重歯、さすがに歯まではコピーできなかった

そこで彼女は八重歯を隠すためにマスクを付けて生活するように

 

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●天国へ逝った双子の姉

ざわちんには、「かおる」という名の双子の姉がいた

 

23年前、ざわちんの母:小澤アロナは双子を出産

「かおり」「かおる」と名付けた

 

しかし姉の健康状態に問題が発覚

緊急治療を行うため2人の娘と母は離ればなれに

1週間後、母は娘たちをその手に抱く事がないまま退院

 

そして10日後、ざわちんも退院し、ほっと胸を撫でおろした

「かおるはどうしたの?」と母が聞くと「かおるは泣くなってしまった」

姉:かおるは出産直後 心臓の病気で亡くなってしまったという

 

母は泣き崩れた

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