1989年、アイドルデュオ パンプキンとしてデビューした小川真澄
同期にはribbonやCoCoなどアイドルグループ全盛期
激しいアイドル戦争に敗れ、1993年にパンプキン解散
●パンプキン小川真澄は今…2度の離婚、障害児の子育てに追われている
小川は、現在 鳥取県米子市に住み、
タイヤ販売所のナガミの経理として働き、3人の娘を育てている
次女には知的障害がある
人とのコミュニケーションが苦手で
突然幼い行動をしてしまうなど
物事の判断が上手くできず、パニックに陥ることも
彼女は現在、米子市内の養護学校に通っている
実は生まれつき障害があったわけではない
1993年、パンプキン解散、21歳で芸能界を引退
1994年、バイト先で知り合った男性と結婚
夫の実家がある鳥取県に移住し、長女と次女を出産
1999年夏、生後半年の次女が発熱、39℃を超え、一晩中 嘔吐を繰り返した
翌朝、近所の診療所へ、風邪と診断
その夜、再び発熱
病院へ行かず、翌朝 病院へ連れて行くことに
翌朝、総合病院へ行くと、髄膜炎と診断された
何とか一命はとりとめた
それから5年後、次女の成長の遅れを感じ、検査へ
髄膜炎の後遺症による知的障害と診断された
次女の障害が分かったころ、夫婦関係が悪化
2002年、結婚8年で離婚
2006年、34歳で再婚したが、夫の単身赴任をきっかけに
夫婦仲が上手くいかなくなり、2度目の離婚となった
子供3人を育てるため、週6かの事務仕事
どれだけ働いても月の収入は10万円ほど
小川は、あの時 すぐに病院に連れて行けば、と後悔している
2013年8月、勤めているタイヤ販売店社長と3度目の結婚
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