Category Archives: あの芸能人の過去

1985年、埼玉県生まれ

国立音楽大学卒業後、2008年にフジテレビ入社

●加藤綾子が女子アナを目指したきっかけ

当時、付き合っていた彼に、

音楽の先生になろうかなと相談したところ

「(加藤には)魅力がない」と言われ、

カッコいいイメージのアナウンサー試験を受けてみた

 

●あだ名は「あやコング」

小学校3年生の頃、誰にも負けないお喋り、

すぐに手が出るほど凶暴な事もあった

「キリギリスっていうのはこうやって言うの!」と

滑舌の悪い友人にキレイな滑舌で言いはじめた

その友人の滑舌も良くなってくると

「私が滑舌を直してあげた」と恩を着せる

幼稚園年少から始めた得意のピアノ、

小学校6年生の頃には中学生の課題曲を弾くほどの腕

 

●優香に似ていると思い込んでいた

中学生時代、父親から「優香みたいだね」と言われ、

それ以来「優香」に似ていると思い込み、

今度は自分から「優香似」とアピール

高校生時代、テンションが上がった時に使うのが、

中指と薬指を開いて目の横に持って行き「ヨロメガ」

 

当時、昼ドラの「牡丹と薔薇」が流行っていた

誰かがボケたり普通の会話でも

小沢真珠のマネで「このブタ!」を連発していた

他人に髪の毛を指でグルグルに巻かれ、

頭皮を引っ張られるのが気持ちよく、

引っ張る力が弱いと「もっと強く引っ張って」と懇願していた

小さい頃から寝る時に自分で髪の毛を引っ張るのが好きだった

 

●肉が苦手なカトパンだが…

三宅アナに連れて行ってもらったお店で…

「そのお肉美味しそうですね。私高いお肉だったら大丈夫なんです」

元々アレルギーで「お肉を食べちゃダメ」と言われて食事療法を続けてきた

しかし、高くて美味しいお肉なら多少痒くなっても構わない…思ってしまう

 

●入社前からの評判 スーパー綾子伝説

アナウンサー志望の学生が何処で受かったなどの情報が上がってくる

その中でスゴイのがいる、と噂となっていたのが加藤綾子だった

スーパー綾子はキー局3局から内定を獲得していた

 

●「めざにゅ~」で女子アナを辞めたいと思った

斉藤舞子アナによると

さわやかな笑顔で「めざましテレビ」の顔とも言えるカトパン

新人の頃「めざにゅ~」の担当で

「夜中に起きる生活がツライ」と涙目で相談された

入社したばかりなのに1時起きの生活は辛く「すぐに辞めたい」と思うほど…

 

●加藤綾子アナと一緒に飲みに行くと…

山崎夕貴アナによると

カトパンは周りの人にお酒を勧めるのが得意

彼女に勧められるとついつい飲んでしまうので

一緒に飲む人は大抵ベロベロになる

ある日、9時間飲んだ翌日に、

三田アナとディズニーシーに遊びに行くほどお酒が強くタフ

 

●ものすごい飽きっぽい性格

山崎夕貴アナによると

キレイになるために自分磨きに余念がないカトパン

実はものすごい飽きっぽい性格

10万円近いトレーニングマシンを買っても

すぐに使わなくなったり、スポーツジムに入会しても2ヵ月で退会する

恋愛は飽きっぽくない、付き合うと大体何年は続く

 

●好きなタイプは家族と仲が良い家庭的な人、あとは筋肉

細身よりはガッチリの方が好き (3)

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20代の頃、シャンソン歌手として活動していたが、全く売れなかった

ある日、一本の電話が

「ラジオで久米宏の新コーナーがスタートするのですが、アシスタントのオーディションを受けて頂けないでしょうか?」

面識もないラジオのスタッフからオファーが来た

オーディションに参加してみると簡単な面接だけで採用された

実は、辺見マリを呼びたかったスタッフが間違って、

平野レミを呼んでしまったという

辺見マリと平野レミは、当時、同じレコード会社に所属

2人ともまだ売り出し中で、顔と名前が一致しないレベルだった

その後、人違いだと判明したが、

レミの喋りが面白かったことから そのまま採用

 

このラジオを聴いていたイラストレイターの和田誠は、

顔を見たこともないレミの人柄に惹かれ、

久米宏にお願いして紹介してもらい、2人は出会った

その出会いから1週間後に結婚

夫の和田誠は、毎週金曜日、仲の良い芸能人や

文化人を自宅に招待して食事会を開いていた

そしてレミの料理を舌の肥えた大物芸能人たちが大絶賛

これをきっかけに雑誌で家庭料理の記事を書くことに

 

そしてNHK「きょうの料理」から出演オファー

1回だけのお試しで出演することに

作るのは、レミ考案の牛トマ

牛肉とトマトをバジルで味付けするお手軽料理

まずはフライパンで牛肉を炒め、

そこに乱切りしたトマトを入れる予定だったが、

トマトを切らずに握りつぶして投入した

放送後、見るに堪えないと視聴者から抗議が殺到

プロデューサーからも厳重注意され、

もうNHKからオファーが来ないと諦めていた

数日後、ある新聞の読者の投稿欄に、レミの料理を絶賛する記事が掲載

これがきっかけで「きょうの料理」のレギュラー出演が決定した (2)

母によると、手のかからない子で記憶力も良かった

九九も幼稚園で全て覚えていたほど

 

そんな手のかからない子が、

中学3年生のとき、進路について両親に伝えた

「高校には行かずプロレスラーになりたい!」

「プロレスって死んじゃうこともあるんだよね?」

「それでもプロレスラーになりたい!」

「辞めたくなったら いつでも帰ってらっしゃい」

 

15歳で神戸にあるウルティモ・ドラゴンが

経営するプロレスラー養成所 闘龍門に入門

その頃の闘龍門は練習生で飽和状態になっていたため、

コーチを務めていたミラノコレクションA.T.によると

何人か辞めさせるために過度に厳しい練習をメニューを課していた

15歳のオカダは、そのターゲットとなり、睡眠時間以外、

心身ともに休まることのない暮らしを強いられた

中卒のオカダは、他に行くところがないと考え、耐え抜いた (5)

中学生の頃、校則に縛られるのが嫌だった高畑は、

ある日、ささやかな抵抗で、

あえてスカートを短くして登校

すると

「高畑!スカート短すぎる!直しなさい!」と先生から怒鳴られ、

校則に縛られたくない思いから走って逃げた

先生が追いかけてきたため、校舎の1階から3階まで逃げ続けた

 

高校生になるとミュージカル「ピーターパン」の主演を務め、

多忙な日々に

そのため授業中によく居眠りをして先生に怒られていた

ヒドイ時は、朝 登校してすぐに熟睡、

目が覚めると放課後だったことも (11)

山口百恵、桜田淳子と共に花の中三トリオとしてブレイクし、

1986年、森進一との結婚を機に引退し、子育てに専念

 

その3人の息子が大活躍している

長男は、元ジャニーズのNEWSのメンバーでバンドONE OK ROCKのTAKA

二男は、テレビ東京の社員

三男は、バンドMY FIRST STORYのHiro

 

そんな森昌子の子育てが、スパルタすぎると話題になっている

・子供を呼ぶ時には、1番、2番、3番

 

・兄弟同士でも年上の兄には絶対に敬語

 

・門限を破ったらセコムで締め出し、庭で寝かせる

朝 窓から制服とカバンを放り投げて起こす

 

・長男TAKAの部屋のマンガや雑誌を捨てた際、

起こったTAKAに対して

「お前が1週間言って捨てなかったんだろ!知らねーよ!」

 

・反抗期にTAKAが歯向かってきた時には、

台所から包丁を持ってきて「お前を殺してそのあと母さんも死ぬから」

 

スパルタ教育について本人は

「歌手を生業としておりますが、自分の一生をかけた仕事は子育て」

 

森昌子の実母いわく「お前は鬼のような母親だ」 (15)

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