ハーフ芸人:アントニーを育てた母親の想い

芸人:アントニーのフルネームは堀田世紀アントニー

その母親が、堀田てる美

 

母が24歳の時に、クラブで1人のアメリカ人男性と出会った

当時、36歳だった父親は、

プロボクサーを引退後、クラブで歌って生計を立てていた

そんな2人は、いつしか恋におち、国際結婚

子宝にも恵まれ、2人の男の子を授かった

長男として生まれたのが、アントニーだった

しかしアントニーの実の父は、海外出張中に43歳で帰らぬ人となった

それはアントニーが2歳の時だった

出張先で亡くなった父親の遺体は、アメリカに送られた

母親は、死因が肝臓がんとしか聞かされず、その後 父の遺体に会えていない

 

女手一つで2人の子供を育てるため、

昼は雑貨屋で、夜は居酒屋で働いた

そこで出会ったのが、一人の寿司職人

のちにアントニーの父親になる日本人男性だった

寿司職人からの猛烈なアプローチに根負けしてデートの誘いに応じた

その初めてのデートで母親は、幼いアントニーと弟を同行

2人のハーフの子供を見せて、

躊躇したり尻込みしたら交際するつもりが無かった

一瞬、驚いたものの寿司職人は、

アントニーと手をつないで水族館を楽しんだ

その1年後、母は寿司職人と再婚

 

●両親の想い

両親が結婚を誓った数日後のこと…

「お父さんが違う兄弟が出来たらあの子たち…どう思うのかね?あんたも血のつながらない父親になるんだから子どもをつくらない覚悟も必要かも…母さんがそう言ってた」と夫のお義母さんが息子に語った

子供たちを思いやった夫婦の間に子供が授かることはなかった

 

中学生 思春期真っ只中の頃、

「どうしたの?学校でなんかあった?お母さんに教えて」

「母さんには分かるわけないだろ!俺とマイケルにしか分からないんだよ」

母は「分かった…」と一言だけ答えた

 

そして20歳になったアントニーが、当時の思いを母に伝えた

「俺が中学生の時にお母さんにひどいこと言ったの覚えている?」

「覚えてるわよ」

「あの時、お母さんに、ごめんねって言われたら俺、グレてたかもしれない。あんなひどいこと言ってごめんね」

 

あの時、息子に何も言わなかった母が当時を振り返った

「今でも私が忘れられない息子の言葉…あの時 抱きしめてたら「ごめんね」って言ってたかもしれない。ごめんね」って謝るってことは、自分は生まれるべきではなかった子、生んだ私も後悔していること」 (747)

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