トリナオシで紹介された四代目 市川左團次と六代目:市川男女蔵の親子関係
2011年、旭日双章を授かるなど歌舞伎界の重鎮:四代目 市川左團次
その活躍は多岐に渡り、ドラマや映画、バラエティー番組に引っ張りだこ
そんな左團次のひとり息子が、六代目 市川男女蔵
男女蔵は小さい時から父:左團次に愛された記憶がないという
家族団欒や家族旅行、誕生日会、クリスマスなど親子の写真や思い出が無い
●好きですか?
番組で左團次と対面した男女蔵が直接 質問した
「息子としてスゴい聞きたいんですけれども、まず僕のこと好きですか?」
「嫌いです」と左團次は即答 「嫌いですか?」「はい」
「これから先もずっと嫌いですか?」「ずっと嫌いです」
「少しは好きになってませんか?」「なってません」
「ダメですか?」「ダメです」
「(食事などに)息子も一緒に連れて行きたいなと思ってくれていましたか?」
「くれてません。僕は子供が嫌いですから」
「親父さんは跡取りとして小さい頃から考えてくれているのかな?」
「どっちでもいいです」「そうですか」…
「僕のわがままでね、寂しい思いをさせたっていう事はすまないと思ってる。だけども もう40半ば超えてるんだから早く自分の進む道を見つけてもらいたいなと思う」と最後に左團次は語った
父への想いが現在の男女蔵の人格を形成しているようだ
●生い立ち
歌舞伎の名家:市川左團次の家系の御曹司として育ち、
7歳で六代目 市川男寅としてデビュー
しかし左團次は、男寅に稽古をつけるどころか一緒にいる事すらなかった
寂しさから小学校卒業と同時に歌舞伎を辞めた
18歳の時、左團次に説得され歌舞伎に復帰
6年間のブランクを埋められるほど、甘くはなかった
そんな男寅に左團次は一切、面倒を見る事はなかった
さらに2003年、市川男女蔵 襲名の際、喜びを父:左團次に伝えようとすると
「金銭面から色んなこと全部ご自分でやりなさい。出来ないんだったら襲名をやめなさい」
仕方なく男女蔵は全て一人で襲名披露を行った
14年間 新春浅草歌舞伎七人衆に選出されたが、
ブレイクする事なく世代交代となった
●生態
そんな男女蔵の生態は、変わっている
・くま蔵(ぬいぐるみ)が男女蔵の一番弟子
心のフレンドリーで寝る時は必ず抱いて寝ているという
・中村獅童の活躍を見て「うらやましいなぁ」を連発
(31990)