Category Archives: デビュー/引退秘話

笑うと歯茎が出る群馬のガチ天使

オランダと群馬県のハーフモデルの加藤ナナ

 

中学生の頃は、ポッチャリ体型で太りやすい体質

 

モデルとして体系維持のためにやっているのが、料理

インド、モロッコ、地中海、ボリビアなど

世界の料理を勉強して手作りし、

ヘルシーメニューで体型をキープしている

 

●芸能界デビューのきっかけは、ヘアモデル

2014年にfacebookを通じてヘアサロン・ZACCから

サロンモデルに誘われ、モデル活動を開始した (9)

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2010年、川崎総合科学高等学校デザイン科に入学して

軽音楽部に入った宮崎朝子、吉川美冴貴がバンド「柳葉魚」を結成した

 

当初はコピーバンドで満足していたが、

2011年 春に軽音楽部顧問の菊田先生からオリジナル曲作成を提案され、

宮崎が8月に「宿題が終わらない」を作曲

 

2012年、第9回TEENS ROCK IN HITACHINAKA 2012で

「宿題が終わらない」を披露し、優秀賞とボーカル賞受賞

 

菊田先生の行きつけのとんかつ屋「とんかつ華家」で

「宿題が終わらない」を流したところ、

音楽制作会社GOOD CREATORS RECORDSの関係者の耳に入る

 

ライブハウスに駆け付けたマネージャーが「とんかつ屋で聞いた」と言い、

とりあえずCDを作ろうと誘われ、

高校時代の思い出作りとして体操着を着てレコーディングに臨んだ

 

●ししゃもが苦手

メンバー全員が魚卵のプチプチが苦手でししゃもは食べられない (2)

1963年、大阪府大阪市生まれ

父は飛鳥流の日本舞踊家で、実家は花柳雅人舞踊研究所

商社に勤めていた父が、かくし芸として舞踊を始めたのがきっかけで舞踊家に転身してまう

日本舞踊団を結成し、企業パーティーなどで踊りを披露していた

そのため右團次は、物心つく前から日本舞踊を習っていた

小学生の時に観た三代目 市川猿之助のスーパー歌舞伎に感激

子役として歌舞伎に出演するようになり、

憧れの三代目 市川猿之助からスカウトされ、市川右近を名乗るように

小学6年の秋、師匠の市川猿之助の一言で

慶應義塾大学中等部を受験することになり猛勉強、見事受検に合格

一人で上京し、師匠が所有する赤坂のアパートで暮らすことに

右團次が暮らす6号室の隣人は、ミカドのお姉さん

1号室には、師匠の祖父の未亡人、

2階には銀座のママさんが暮らしていた

 

エスカレーター式で慶應義塾大学法学部に進学

週5でディスコ通い

 

●市川右團次を襲名

2008年、市川海老蔵と共演した際、海老蔵から

「うちに右團次という名があるんですけど、どうですか?」

2014年、歌舞伎座で共演した際、4歳の長男がたまたま楽屋にいた

「この子 役者にするんすか?」「そのつもりです」

「じゃあの話 急がなきゃいけませんね」

2017年1月3日、三代目市川右團次を襲名、

長男が二代目 市川右近を襲名

 

●市川右團次の本名は、武田右近

ちなみに妹の本名は、武田左近で

飛鳥流 三代目家元 飛鳥左近として家を継いだ (19)

●実はアイドルとしてデビュー

すでに有名だったあびる優、酒井彩名の

ユニットに参加するオーディションに合格し、

2002年、アイドルユニット「Licca」のメンバーとしてデビュー

 

ニュースターオーディションの第一回グランプリを獲得したが、

その後、第二回は開催されていない

 

審査内容は、水着と歌

水着がエッチな目線で見られることを全く知らなかった木南は、

特技を聞かれ、「バレエをやっていたので体が柔らかいです。180度 開脚できます」とアピール

水着のまま180度 開脚。

 

翌日のスポーツ紙に掲載されたという (35)

1972年、歌舞伎とは無縁の家に生まれ、ミュージカル俳優を経て

26歳で五代目坂東竹三郎の芸養子になり、関西 上方歌舞伎の世界に

2006年に名題昇進するも

2014年2月、坂東竹三郎に無断で現代劇「サロメ」に秋元道行の芸名で出演

竹三郎が松竹と協議し、2014年1月末付けでの芸養子解消された

 

歌舞伎界を辞めようとしていたところに市川海老蔵から電話が入る

「色々聞いたけどここまでやってきたんだから、あなたは歌舞伎をやるべきでは?もしその気があるなら僕はいつでも待っているから、また連絡ください」

歌舞伎界では、他の家を出たものを一門に加えないという暗黙のタブーがある

そのタブーを犯してまで海老蔵は、九團次を一門に迎い入れた

坂東竹三郎には、海老蔵自ら挨拶

海老蔵は、九團次にとって命の恩人となった

 

そんな大恩を感じる海老蔵のムチャぶりには、ノーを言わない

2018年3月の盛岡公演の際、

1日の内で、わんこそば大会、冷麺大会、

差し入れのカレーライス大食い大会をやろうと言われ、

わんこそば180杯、冷麺11杯、カレー7杯を食べ、三冠を獲得

 

実は、九團次は海老蔵より6歳年上 (16)

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