●ミュージカルは、舞台に立つまで見たことがなかった
初めて見たのは、2003年 大学を卒業してから
●喉の内視鏡
耳鼻科で喉の声帯を頻繁にチェックしている
内視鏡の画像をアルバムに入れて保存している
ミュージカルの本番中は、毎日 行っている
●せっかち
エレベーターでは、コントロールパネルの前に立ち、
閉まるボタンを押してから、階数ボタンを押す
●田舎育ち
卵と鶏肉は、スーパーではなく養鶏場で購入
小学校まで歩いて45分、ひたすら野花の蜜を吸っていた
コンビニを見たことがなかった
お菓子は、すべて母の手作り
●バンコクでカラオケを初体験
毎週末、家族でカラオケに行き、7時間滞在していた
友人とカラオケ行ったら、あの歌うたって、この曲歌ってと喜んでくれた
歌うと喜んでくれることから歌手になりたいと思うように
1980年、愛知県の超ド田舎 祖父江町に生まれる
顔は父親似、性格は母親似
父の仕事は、エレベーターの設計開発者
作業事務をしている母親は、ママさんコーラスに在籍し、ずっと鼻歌を歌っていた
姉の影響で、3歳からピアノを習い始めたが、
落ち着きがなくピアノの前でジッとしていられないと、
先生に呼び出されて歌やダンスを薦められた
1991年、11歳のとき、母から突然「バンコクに引っ越すわよ」と宣告
父の海外赴任で突然 バンコクに行くことに
両想いだった同級生と体育館で2人だけでお別れ
バンコクでは都会の高層マンション暮らし、15階に住んでいた
田舎の小学校からインターナショナルスクールに転校
クラスはなく大学と同じ 授業の選択制
外国の友達に囲まれ、性格が積極的に
17歳でバンドを組み、相川七瀬などのJ-popをカバー
日本の雑誌で読んだセブンイレブンの牛カルビ弁当がきっかけで、日本に帰りたくなり帰国
帰国後、1999年 上智大学法学部に帰国子女枠で小論文と面接で入学
本格的に歌手を目指し、芸能事務所に所属
デモテープを作り、2年間の営業活動の結果、成果なく
2001年、テレビ朝日のアナウンサーの試験を受験
最終のカメラテストに合格し最終面接で不合格
中越典子が辞めた枠の「王様のブランチ」のリポーターに抜擢
●ミュージカル女優になるきっかけ
2003年、23歳のとき、突然 ミュージカルのオーディションを受けてくださいと依頼が入った
受けてみたら役に合格
後に聞いたら、自分をプレゼンする大学の授業で、3秒だけ口ずさんだ歌声
それを覚えていた学年も違う女性が、
2年後に、レ・ミゼラブルのオーディション枠に推薦してくれたことを知った
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