1978年4月、東京都品川区に生まれる
育ったのは、西大井協会、両親ともに牧師
ホームレスやフィリピン カンボジアの子供たちに
寄付してしまうため家は常に貧乏だった
「ファミコン欲しい」と言うと、
箱を渡されて「作りなさい」と言われる
熱中したのは、絵を描くこと
●いじめと自殺未遂
小学3年生になると「のぶみ」という名前が原因でいじめに
同級生からのいじめは、限界まで追い詰めた
小学4年生のとき、1階の礼拝堂で人々が祈りをささげる中、
家族と暮らしていた2階で、カッターで自らの首を切った
血が溢れ出て、Tシャツが血で染まった
死ねなかったのぶみは、ロープで首をくくったが、死ねなかった
何とか中学校に進んだが、不登校…
高校にも進学したが、グレた
●暴走族
境遇が似た仲間と非行、中池袋公園で仲間を集めると、その数160人
のぶみが総長となり、暴走族を結成した
しかし18歳を目前にして160人いたメンバーは、それぞれの道を歩み始める
そこで のぶみも保育の専門学校に入学
動機は、女の子と出会えそう
のぶみは暴走族から足を洗った
●絵本作家の夢を与えてくれた彼女
のぶみは、真面目そうな女性に一目惚れ
「私ね、絵本が好きなの」「絵本ね。俺 描いてるよ」
「本当?見たいな」
のぶみは絵本を描いていると嘘をついて気を引いた
嘘を本当にしようと画材を買って、翌日までに絵本を描いた
「本当に描いてるんだね。すごい面白いよ」
それが嬉しくて、それから毎日毎日 絵本を描き続けた
「付き合ってくれ」夕貴を出して告白すると
「絵本で賞をとったら付き合ってもいいよ」
獲るために公募ガイドを購入し、応募すると賞を獲った
受賞した日に女の子と付き合うことに
のぶみに絵本作家になる夢ができた
絶対にプロになると、数カ月で100冊以上の絵本を描きあげ、
「あ」から順に片っ端から出版社に持ち込んだが、デビューの兆しは見えなかった
そこで のぶみは品川区立大井図書館の6000冊の絵本を全て読み、
そこにはない絵本を描こうと決めた
ある日、出版社に「ウチでは出版できません…ですが、アニメのオーディションに出してみませんか?」
NHKアニメのオーディションに参加したところ、
のぶみが描いたキャラクターがNHK「おかあさんといっしょ」に採用された
さらに講談社から「ぼくとなべお」が出版、2万部を売り上げた
以来 取材が1日8本、多くのキャラクターデザインも手掛けるように
●どん底
絵本作家だけで生活できるのは日本に20人程度
毎年 3000冊出版される絵本のうち増刷されるのは、50冊程度
その後も増刷され続けるベストセラーになるのは、1冊あるかないか…
一躍人気になった のぶみだったが、徐々に人気に陰りが…
のぶみに仕事が無くなった
苦悩の日々は、7年間
60冊以上 出版しても売れない
再浮上するきっかけを掴めない のぶみは、会いたいと手紙を書き、
名だたる作家たちに会い、宝物のような言葉を貰った
さくらももこ からは“見ている人は普通の人だから 普通に面白いことを描かないと広まらないんだ”
やなせたかし からは“君は僕よりも才能があるからアンパンマンみたいな愛されるキャラクターが描けるよ”
ミッフィーの作者:ディック・ブルーナからは“君は世界一の絵本作家だよ。自分なりの世界一があるからお互い頑張ろうね”
●自分のためではなく大切な人のために 子供たちのために絵本を描く
ある日 のぶみは、息子の前で「ダメだ!」と言ってしまった
「パパ何がダメなの?」「パパの絵本 描いても描いても売れないんだ」
すると「誰か困ったの?」
よく考えると、誰も困っていない、のぶみが困っているだけ
「誰も困ってないよ」「じゃこれであそぼ」新幹線のおもちゃを渡された
「新幹線もお家に遊びに来ればいいのになぁ」
新幹線がお家に来たら面白い!どうせ売れないんだったら
息子のために描いてやろうと思ったのが「しんかんくん うちにくる」
発売から9年経った現在、シリーズ累計20万部を突破
その後、娘が生まれ、彼女が言った一言「あたし、パパとけっこんする!」も絵本に
のぶみは、デビューしてから19年経った今、160冊 絵本を出版している
一番最初に「絵本が好き」と言ってくれた女の子と結婚した
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