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爆報!THEフライデーで紹介

1961年に発売された「♪上を向いて歩こう」

歌っているのは昭和の大スター:坂本九

そして妻は女優:柏木由紀子

2人の娘を授かり、幸せな毎日を送っていた

しかし1985年8月12日、日航機123便が墜落、

犠牲者の中に坂本九もいた

 

●坂本九の娘:舞阪ゆき子は今…タカラジェンヌから犬の服を作る会社の社長に転身

 

長女:花子は現在 女優・歌手として活躍

次女:舞子は、17歳の時、宝塚音楽学校に入学

その後、元タカラジェンヌの女優:舞阪ゆき子として活躍した後、

36歳で都内のフットサル場を経営する社長と結婚

そんな彼女は現在、

犬の洋服をデザイン・販売する会社:chu-cheの社長に

自宅でデザイン、検品、梱包、発送を1人でこなしている

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亜沙かおりは星組の娘役として活躍 、本名は山之内敏子

 

退団後、人気女優として活躍する人もいる一方、

そのほとんどが別の人生を送る

 

元タカラジェンヌのタクシー運転手:亜沙かおり

 

様々な音楽活動をするため、1972年に7年で宝塚を退団

同じく歌手をめざし活動していた光雄さんと結婚

 

6人の子供に恵まれ、幸せな人生を送っていたのだが、

光雄さんが事業に失敗、ほとんど働かなくなった

 

それから元タカラジェンヌの山之内が、

トラック運転手、中華料理店など昼夜を問わず家計を支えた

 

光雄さんは8年前に他界

 

山之内は荏原交通株式会社でタクシー運転手に転職

1日の走行距離は300㎞、売上は常に社内で上位をキープ

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ウチくる!?で紹介

 

元宝塚:紫吹淳のばあや こと菅由美子さん(マネージャー)

 

紫吹が20歳の時、

元々宝塚のいちファンだった ばあや こと菅由美子さんは、

友人に紹介された舞台で輝いていた紫吹に目を奪われた

 

それは紫吹が まだ注目もされていない時代

そんな紫吹のお手伝いとして運転手を買って出た

そのうちファンクラブを仕切る代表となった

 

ばあやには、すでに夫がいたが、紫吹優先の生活を始めた

 

その奉仕に金銭は発生しないので、貯金を切り崩しながらだった

 

トップスターへ登る階段をはじめ、

苦悩、歓喜、退団と連れ添い、

一緒にオスカーに所属、雇用され現在に至る

 

紫吹いわく「親子より強い関係。私より先に死んではならない」

 

ばあや こと菅さんによると「生活臭さが出ないように周りが身の回りのことをやるようになり、要望を何度も応えてしまったことが、今の家事は何もできない紫吹淳を創ってしまったのではないかと少し反省しています」

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●個性派俳優:小倉久寛と元宝塚:速水渓の結婚秘話

 

36歳の時、ドラマの共演で知り合った12歳年下の元タカラジェンヌ:速水渓

 

小倉は自分より10㎝も背が高い彼女に、カッコいいと思い、一目惚れ

 

猛烈なアプローチで彼女とのデートに誘う

 

わずか3回目のデートで「僕と結婚してください」といきなりのプロポーズ

当たり前のように「嫌です。結婚はしません」と断られた

 

それでもデートに誘い、プロポーズを繰り返した

 

その数、100回を超える

 

最初のプロポーズから3年、小倉が39歳の時についに結婚

 

結婚記者会見で小倉のどこが良くて結婚したか?に

「人に対する思いやりの気持ち、何事にも一生懸命であったり、本当に私に優しくしてくれるところがイイと思いました」と答えている

 

小倉の後ろにファスナーが付いていて、いつか何かが出てくるのでは?

と妻は未だに思っているという

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爆報!THEフライデーで紹介

●自称家政婦に洗脳された女優:毬谷友子

1985年、宝塚歌劇団を退団すると

1993年、ドラマ「デザートはあなた」でヒロイン役を演じ、話題に

以来、個性派女優として舞台やドラマに幅広く活躍

そんな彼女が2014年8月、ツイッターで“家政婦が泥棒だった”と告白

信用していた家政婦が裏切り、金品を根こそぎ強奪

自宅に居座り、長きに渡って毬谷のお金で生活していたという

 

自称家政婦と出会ったのは1995年5月、当時35歳 独身

私生活に寂しさを感じていた毬谷は犬を飼い始めたが、

多忙を極めていたため留守中に愛犬を見てくれる人を探していた

すると社長夫人の友人から自称家政婦を紹介された

「夫が残してくれたマンションの家賃収入で暮らしています。お金には困っておりませんが、犬が大好きなので是非お手伝いさせてくださいませ」

年齢は60歳、自らの事を大手企業の重役だった夫が無くなり独り身だと説明

品のある素敵な女性、という印象だった

何の違和感も感じなかった毬谷は家政婦として雇う事を即決

 

自称家政婦は、働き者で家政婦として文句のつけようがなかった

そして毬谷宅を訪れる時には必ず、手土産を持参した

・お金に困っていない事をアピール

さらに家政婦にお願いした労働時間は毬谷が仕事の時だけだったが…

「今日は仕事じゃなくて会いに来ただけ、娘みたいに思っているのよ」

さらに別の日も…

「私はお金の為じゃないの。あなたが好きで役に立ちたいから、こうやって休みの日でも来るのよ」

・母親のように無償の愛を注ぐ

独り暮らしの毬谷が寂しいだろうと休みの日も頻繁に訪れたという

徐々に家政婦を母のように信用していく毬谷

自称家政婦の「優しさ」が毬谷の心を完全に制圧する

 

1998年、毬谷の父:矢代瀞一が死去した時のこと

有名劇作家で娘の活躍を誰よりも喜び応援してくれていた父の死は、

毬谷とって人生で一番の悲しみとなった

この時も無償の愛で悲しむ毬谷に朝まで付き添ってくれたという

そして毬谷は自称家政婦に自宅の合鍵を渡してしまう

ここから次々と事件が起きる

公共料金を支払おうとすると…お金を入れておいた封筒が無い

財布の中身も…3万円下ろしたばかりなのに1万円しかない

仕事の空き時間 家に帰ると家政婦が、

鍵を使って勝手にあがり込みリビングでくつろいでいた

「空気を入れ替えに来た」という言い訳を鵜呑みにし、

毬谷はなんて気が利く人なんだろう、と思ったという

こうして毬谷は完全に洗脳された

その後は家政婦のやりたい放題

毬谷のお金で旅行に連れて行ってもらったり、高級レストランへ繰り出す日々

気付けば家政婦は、ほぼ毎日居座るようになり、

当然その生活費も毬谷が出すようになっていた

そんな月日が3年も続いたという

 

1998年3月、ある一本の電話で家政婦の本当の顔が明らかになった

電話の相手は家政婦を紹介した友人だった

「どうやら○○さんが怪しいの、色んな所でお金を盗んでるみたい」

友人のもとに家政婦紹介所から

○○は詐欺騒動を起こし退会させた人間なので注意してくださいと連絡が入ったという

あまりに真剣な友人のに負け、寝室の宝石を見てみると…無い

さらに100万円はする着物も…高価な物ばかりが家から無くなっていたという

その後、毬谷を心配した友人が探偵を雇い、自称家政婦を24時間 監視

質屋で盗品を売る決定的瞬間を押さえると…

毬谷はあまりのショックにそのまま処理を託したという

 

その後 家政婦はボロボロのアパートに住む

詐欺の常習犯だった事実を聞かされるも中々受け入れられなかった

未だに警察が嘘を言っているのではと思ってしまうという

 

現在、毬谷は、伊豆の山奥の一軒家に1人で暮らしている

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