ノンフィクション作家:家田壮子は今…高野山で僧侶に転身

ノンフィクション作家:家田壮子

1986年、ノンフィクション小説「極道の妻たち」が40万部を越す大ヒット

そして同年、映画「極道の妻たち」が上映され大ヒット

90年代後半、ワイドショーのコメンテーターとして活躍

しかしここ数年はテレビで見かける事は少なくなった

●ノンフィクション作家:家田壮子は今…高野山で僧侶に転身

1999年、高野山で僧侶として修行

愛知県の厳格な家庭で育った家田壮子

幼い頃から好奇心旺盛で青春時代は夜の都会の街に繰り出した

1984年、家田は20代の無名美人記者と注目を浴び、

週刊誌で若者のナイトライフなどを取材していた

そんな中、社会を震撼させる山一抗争事件が起きた

刺激された家田は、女性目線で極道の生活を書く事を思い立ち、

暴力団幹部の家へ住み込みをし、極道の妻たちを1年半かけて取材

それが40万部を超えるベストセラー「極道の妻たち」

一躍 時の人となった家田は、同業者から枕営業と罵られた

こうした噂が飛び交った背景には、彼女自身の若気の至りも

記者として駆け出しの頃、

夜の六本木で出会ったアメリカ人と勢いだけで結婚した過去がある

その男性とは、まともな結婚生活をおくる事なくスピード離婚していた

噂が広がり連日バッシングを受けると、

手の震えや脱毛など重度の自律神経失調症をに襲われた

 

家田は逃げるように、アメリカ陸軍の黒人男性と恋に落ちる

周囲の声も聞く事なく再び黒人男性との結婚を決めた

そして夫の仕事の都合でアメリカに移住

1989年、一人娘ジュリアーナを出産した

夫は日本人は金持ちだという思い込みが強く、

家計にはお金を回さず、しかも浪費家だった

終いには妻の預金にまで手を出した

そんな夫に耐えきれず家田は離婚を決意、別居という形で日本に逃げ帰った

そんな夫は、家田に驚きの要求を突き付けてきた

ある日、夫の弁護士を名乗る男から電話が鳴った

子供の親権をとられたうえ、夫と娘の生活費と授業料 毎月36万円×2年分

その後 毎月12万円の養育費を13年間分 請求された

アメリカの裁判所で闘う気力もなかった家田は夫の提示した条件を全面同意

3歳の娘を現地に残し、離婚が成立した

 

1996年、新たな恋に落ちる

相手は会社経営者の日本人男性、40歳を手前にして3度目の結婚

今度こそ幸せを手にするかと思いきや、結婚したら借金があったことが発覚

さらに夫が愛人との間に子供を作っていたため離婚

3度目の結婚も失敗に終わった

その後はテレビのコメンテーターとしてがむしゃらに働いた

色んな悩みや問題に対して、自分の言葉を発していた

しかし発すれば発するほど虚しい気持ちになっていった

そして思い悩んだ家田は 1999年、真言宗へ入門した

仏の教えを学ぶことで悩める女性たちを救いたい、そう考えた

2001年、高野山大学大学院に入学

7年間の修行を重ねて住職の資格を取得

そして日夜 厳しい修行を続けている

 

2001年、山岳修行中に知り合ったサービス業で働く男性と結婚

関西で夫婦生活を送り高野山を往来 (323)

スポンサード リンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

スポンサード リンク